ばけばけ ラフカディオハーンを巡る二人の女性 マティとビスランド

ばけばけ

レフカダ・ヘブンのモデルであるラフカディオ・ハーンは、日本に来る前に結婚していました。その人はヘブン先生の机の上の写真の女性なのでしょうか。それとも…?

来日前のハーンについて調べてみました。ヘブン先生クイズの時に「シンシナティ」という都市が答えの中にありましたね。史実でもハーンはシンシナティにいたことがあります。では、シンシナティからのハーンの足取りを追ってみましょう。

シンシナティにたどり着いたハーン

1869年9月にハーンはニューヨークに着きました。大西洋を渡る移民船でやってきたのでした。船を降りる時に国籍を聞かれたハーンは「国籍はギリシャだ」と答えています。ハーンの国籍はイギリスでしたが、神学校の教えは自分と価値観が合わなかったこと、片目の視力を失った辛い思い出や大叔母が破産するという憂き目にあったイギリスをハーンは嫌っており、愛する母と過ごしたギリシャが、彼の中では故郷なのでした。

南北戦争が終わって3年あまりのアメリカはたいへん活気に満ちていて、ハーンが着いた年には大陸横断鉄道が開通したばかりでした。ハーンはニューヨークからオハイオ州のシンシナティを目指します。現在MLBのシンシナティ・レッズの本拠地であるシンシナティです。

シンシナティに着いたハーンは職を探し始めました。

ワトキンとの出会い

ハーンは職を転々とします。計算ができずクビになった会社もあれば、年下の同僚にからかわれたことに腹を立て辞めたり、といった具合でした。

ある印刷屋でハーンはヘンリー・ワトキンに出会います。ワトキンはハーンに同情し、親身になってくれました。植字工の仕事を教えるだけでなく、住み込みで雇い入れてくれた上に食事の面倒までみてくれたのです。

ワトキンはハーンと同じイギリスからの移民でした。子どもの頃は片目が不自由だったのでハーンのことも他人事に思えなかったのかもしれません。そして、二人には共通の趣味がありました。二人とも読書が好きだったのです。仕事に慣れ生活に余裕ができるとハーンは本だけでなく、新聞も雑誌も読み漁りました。ハーンは父親のようにワトキンを慕い、またワトキンもハーンを可愛がり、二人の友情は生涯続いたそうです。

ワトキンはハーンに別の仕事を紹介しました。業界誌の編集や校正の仕事でした。

シンシナティ・エンクワイアラー社

1872年ハーンはシンシナティ・エンクワイアラーという新聞社に原稿を持ち込みました。それを読んだ編集者はハーンの才能を認め、すぐに受け付けてくれました。そして詩人テニソンの書評を書いたハーンの原稿が掲載されたのです。これがきっかけでハーンは校正の仕事を続けながら、書評も書くようになり、2年後には正社員になったハーンは記者として多くの記事を書きました。ハーンが手掛けた「皮革製作所殺人事件」の記事で第ブレイク。エンクワイアラー社の発行部数は伸び、ハーンの給料も2.5倍に跳ね上がりました。

マティとの出会い・1度目の結婚

ハーンはワトキンの家の居候から、自分で暮らせるようになりました。その下宿屋で一人の女性と出会います。マティ・フォリーです。マティは下宿屋で働いていました。白人農園主と黒人奴隷の間に生まれた混血の女性でした。マティはまだ10代だったにもかかわらず子どもがいました。

マティはハーンにたくさんの話を聞かせてくれました。南北戦争時代の奴隷の悲惨な話から幽霊の不思議な話まで、マティはたくさん知っていて、またとても流暢に語るのでした。やがてハーンはマティに惹かれ、結婚を申し込みます。しかし当時のオハイオ州では白人と有色人種との結婚は許されていませんでした。それでもハーンはマティと結婚を強行します。

しかし結婚してみると、マティは家事が苦手で、責任感もなく、子どもの面倒を見ることもままならない人でした。ハーンは忙しく、すれ違う二人の結婚生活はうまくいくわけもなく、すぐに別居してしまいました。

そんなハーンは法律を破って結婚したことを咎められ、エンクワイアラー社を解雇されてしまいます。仕事を続けるためハーンはマティから聞いた不思議な話を、エンクワイアラー社のライバル会社であるコマーシャル社に持ち込み、掲載され、ハーンは社員として採用されました。

そんななか、マティはあっちでもこっちでも揉め事が絶えず、ハーンの手に負えなくなってしまい、とうとう二人は離婚、ということになりました。ハーンはこのあとコマーシャル社も退社しています。

マティとの悲しい結婚生活は、この後のドラマの中で語られるようです。

ビスランドとの出会い

ハーンはシンシナティを離れ、ニューオリンズで新記者として働きます。1881年、その活動が認められました。ハーンはこの頃、水を得た魚のように文学について多くの記事を次々と書いています。またフランス文学を翻訳しその数は200にも上っています。ドラマの中で、ヘブンがクイズの賞品として、トキにブードゥー人形を渡しますが、ニューオリンズ時代に、ハーンはブードゥー教について取材し詳しく調べていたようです。

このハーンの記事を愛読していたのがビスランドでした。ハーンに憧れ、ジャーナリストを目指したのです。彼女は南部の大農場の娘でしたが、ニューオリンズに来てからは記者として大活躍し、後にはニューヨークに渡り大富豪と結婚しましたが、ずっとハーンとは手紙のやりとりを続け親交を深めていきました。ハーンの死後もセツと交流し、『ラフカディオ・ハーンの生涯と書簡』を出版しています。そして『ラフカディオ・ハーンの生涯と書簡』の印税はすべてセツに贈っています。

イライザのモデルは、ビスランドだと思われます。後に長男一雄は『父小泉八雲』に

‎「エリザベス・ビスランド女史との親交は、あるいは一種の恋愛ともいえるかもしれぬ。しかし、それは白熱の恋ではない。沢辺の蛍のごとき清冽な恋である」

と書いています。生涯に渡ってお互いに尊敬しあった関係であったようです。

今後イライザが松江を訪れるようです。実際のビスランドはハーンの没後に来日した記録があります。イライザとの関係はまだベールに包まれていますが、どんな展開になるのか、楽しみですね。

 

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