ハーンは松江の人達にも敬愛されましたが、それはハーンの前任の英語教師の態度が悪く、日本人を見下していたのにひきかえ、ハーンは日本に関心を持つと同時に、日本の文化や習慣に敬意を持っていたから、と言われています。実はハーンは万博で見た日本にとても興味を持ったのです。その経緯を追ってみましょう。
シンシナティからニューオリンズへ
ハーンは7年を過ごしたシンシナティを離れ、1877年ルイジアナ州のニューオリンズへ向かいました。ニューオリンズはかつてフランスの植民地だったことから、その影響を残した街でした。そこにはフランス系とアフリカ系の両方の人種の血を受け継ぐ人達が暮らしていました。
ハーンは「アイテム社」という小さな新聞社で記者として仕事をしました。シンシナティでのキャリアは無くしましたが自由に書くことができる解放感を味わっていました。この頃のハーンは記事だけではなく、イラストも描いていたようです。ドラマのヘブン先生もイラストが上手ですが、史実のハーンも上手だったのですね。
クレオールを知る
ハーンはニューオリンズでクレオールという文化を知ります。この土地には元々は先住民がいましたが、白人が黒人奴隷を連れてやってきて、開墾し大農場を作りました。その結果、ここではそれらの文化が混じり合うことになったのでした。
クレオールとは、世界各地に見られ、もともとは植民地で生まれた人を本国の人と区別する言葉でした。やがては、そこで働く黒人奴隷が、雇用主の言葉や自分と同じ境遇の人達と最低限の意思疎通をはかり何とか生きていこうとする中で生まれました。そのために雇用主の文化や言語と自分たちの文化・言語を混ぜ合わせ自然発生的に出来上がっていったものです。
ハーンは別の土地で違う文化で生きてきた者として、文化が混じり合うこの土地と人々に関心を持ちました。そこで自分からその文化に触れ理解しようとし、語り部による昔話や、文化が混じり合い形を変えていった宗教的な行事や習慣、食生活などにもたいへん興味をもったようです。
ニューオリンズの万博に毎日足を運ぶ
1884~1885年「万国産業綿花百年記念博覧会」がニューオリンズで開催されました。比較的規模の小さい万博でしたが、アメリカ国内の都市、ジャマイカ、メキシコ、イギリス、フランス、ベルギーに並んで日本も出展していました。この時日本はアジア地域では唯一の参加国でした。そのため、ハーンにはとても珍しい国のひとつと思えました。
ハーンは開催中、毎日のように万博会場に足を運びました。2025大阪・関西万博における令和の万博おばあちゃん以前にすでにガチ勢だったのです。元祖万博ガチ勢かもしれません。日本パビリオンに足繫く通い取材しました。そこで見た日本古来の青銅器や陶磁器、美しく華やかな絹織物、琴や篳篥(ひちりき)、琵琶、尺八、神楽笛などの日本らしい楽器にも魅せられました。そして日本は西洋の音楽を理解し取り入れながらも、日本ならではの旋律も残していることに感動しました。ハーンは日本館の責任者である服部一三と知り合い、親しくなりました。そして日本の知的レベルは西洋に劣らないことを知るのでした。ハーンが日本に訪れるのはまだ先ですが、この万博での見聞が日本に関心を持ち、日本の文化を好きになるきっかけになったのは確かです。
マルティニーク島から日本へ
カリブ海にあるマルティニーク島で、カリブ海の島々を巡る紀行文を執筆したハーンは、ますますクレオール文化に傾倒していきました。様々な人種が混じり合って暮らす土地で過ごしたことが、異国や異国人への偏見ではなく、純粋な関心へと昇華させたのかもしれません。ここでブードゥー教のゾンビに興味を持っています。
1889年、マルティニーク島を気に入っていたハーンでしたが、ニューヨークでそれまでの取材を元にした執筆活動を始めました。時を同じくして、出版社ハーパー社の美術担当のパットンと日本美術や文学について語り合い、「古事記」を知ったハーンは神秘的な日本に強い憧れを持つようになり、日本へ取材に行きたいと思うようになったのです。人々が日本にいるような感覚になるエッセイを書きたいというハーンの計画は採用され、パットンは取材のための費用の工面にも協力してくれました。そして、ラフカディオハーンは日本へと飛び立つのでした。
おわりに
人生には様々な出会いがあって、大きく踏み出す時には何かしら印象的なきっかけに出会うものです。幼くして両親と離れ、寂しい子ども時代を過ごしたハーンでしたが、目に見えないものや不思議な出来事に強く惹かれていきます。それは現実逃避ではなく、希望を持って生きるため、だったのかもしれません。マティとの辛く悲しい出来事のあと、ハーンは希望を見出すかのように「日本」に出会い、そして日本へと旅立ちました。
ドラマ「ばけばけ」では最初の結婚については触れられるようですが、万博のことも登場するでしょうか?これからも楽しみに見ていきたいと思います。

