はじめに
朝ドラ「ばけばけ」は、小泉八雲と八雲を支えた妻セツをモデルとして描かれるドラマです。ですから、今は雇い主と女中という関係のヘブンとトキが、紆余曲折を経ていずれは夫婦となり共に歩んでいくのはわかっていますが、史実での二人はなぜ惹かれ合い夫婦になったのでしょう。当時は外国人への偏見や文化、言葉の違いは、現代よりも大きな壁であったと思われます。ハーンからセツ、セツからハーンはどのように見え、どんな印象を持っていたのでしょうか。
ハーンから見たセツ
富田旅館を出たハーン
ハーンは富田旅館を出て別の家に住み始めました。宍道湖を臨む景色の良い場所にその家はあったそうです。その年、松江は大寒波に見舞われました。その厳しい寒さで宍道湖の湖面は凍りついたほどだったということです。当時は暖房器具というと炭をおこした火鉢、良くてストーブくらいしかありません。
風邪をこじらせたハーン
ハーンは風をこじらせて寝込んでしまいました。重い気管支炎で2週間も学校を休むことになりました。そんなハーンを不憫に思った西田千太郎(錦織のモデルとされる人物)は、ハーンの世話をする住み込みの女中を探しました。
女中としてやってきたセツ
ひどく貧しい生活をしていたセツは、仕事を選んでいられる状況ではなく、ハーンの女中という仕事を請けました。ハーンは、ドラマの中でヘブンが感じたように武士の娘が来ると聞いていたのに「手足が太い」女性が来て驚いたそうです。
しかし、セツが女中になったことで、ハーンの生活はすっかり暮らしやすくなっていきました。食事だけでなく家事全般が行き届いていったのは言うまでもありませんが、ハーンが喜んだのは、季節に合わせて掛け軸を変えたり、花を生けるなど日本の美意識とでもいう士族の娘らしい気遣いがあったからでした。そしてセツの手足が太いのは、働き者だったからだと理解し、のちには働いて荒れたセツの手を取り「貞節な人、この手はその証拠です。」と言ったそうです。
一生懸命働くセツに、ハーンは日本女性の内なる美しさを見出しました。
日本の女性はなんと美しいのでしょう。日本民族の善行への可能性は、この日本女性の中に集約されています。
そう友人への手紙には書かれていました。
そして、最初の結婚相手であるマティに惹かれた理由のひとつが「お話を語るのが上手だった」ことがありますが、セツもまたハーンが好む伝説や怪談などの不思議な話をたくさん知っており、上手に語って聞かせてくれるひとでした。このことも、セツを気に入った理由であると思われます。
セツから見たハーン
利口そうな人
セツは、異国から来た教師ハーンが左目が悪いことを知っていました。それでも、右目は日本人とは違う色で美しく、優しい眼差しだと感じました。鼻が高く、広い額を持つハーンを「利口そうな人」だと思ったのだそうです。
普段のハーン
ハーンは学校から帰ると、洋服を脱ぎ日本の着物に着替えたそうです。そして座布団に座って煙管(キセル)で一服するのでした。なんでも日本風、日本らしいものを好み、新しいもの、見たことのないものにはひとつひとつ感動を表現し、何でも書き留めていました。セツはそんなハーンをどこか可愛らしいと思ったかもしれません。
ハーン食事も和食を好み、箸を使って食べました。洋食については「日本に、美しい心あります。なぜ西洋の真似しますか?」と不満そうにしました。ドラマで卵や牛乳やビールを好む姿が描かれましたが、ハーンもまた牛乳、卵、ビール、ステーキなどは好きでよく食べたそうですが、基本的には日本食を食べていました。
当時の松江ではそういう西洋風の食材も手に入れることができたようです。パイナポーを食べるシーンがありましたが、パイナップルも手に入ったのかもしれませんね。
ハーンの優しさ
ウメの眼病を心配するシーンがありましたが、史実でも富田旅館の女中の眼病を心配し、ハーンが治療費を出して病院に行かせたのだそうです。そして女中の目はすっかりよくなりましたが、旅館の主人が女中を大事にしなかったことに腹を立て、富田旅館を出たのでした。
また近所の子どもが子猫をいじめているのを見かねたセツが子猫を連れ帰った時には、濡れた子猫を自分の懐に入れて抱いて温めてやったこともあったそうです。セツは女中としてハーンの世話をしながら、間近でハーンの優しさを見て、その優しい人柄を知っていきました。
周囲の誤解
初めは言葉がまったく通じず、意思の疎通も難しかったハーンとセツでしたが、片言で少しずつ通じるようになっていきました。のちに「へるんさん言葉」とセツは呼んでこの片言のコミュニケーションを大事にしますが、これによって過去には二人とも貧しい生活を乗り越えてきたという共通点を知ったり、ハーンが最も興味を示した「怪談」を語り、聞くということを積み重ね、だんだんとお互いへの理解を深めていきます。
しかし、西洋人の女中になったことで、セツを「洋妾(ラシャメン)」と誤解する人が少なからずいました。ラシャメンは、日本人の妾以上に蔑まれ、ラシャメンを揶揄する歌まであったそうです。当時、日本に住む西洋人は日本人より高額な給金を得ている人が多く、現地妻やラシャメンの給金も高かったことからくる嫉妬もあったと思われますが、ハーンは武士の娘であるセツが女中という仕事をするのは相当な覚悟を持ってのことだとわかっていました。ですから、セツが妾だと誤解されることに悩んだのです。セツへの想いが深くなればなるほど、ハーンは悩みました。
夫婦として
ハーンのシンシナティでの結婚の失敗も、当時の日本での法の下で外国人との結婚を認められるまでの煩雑な手続きも、二人の結婚を困難なものにしていましたが、二人は引っ越し、家を構えて実質夫婦としての生活を始めました。正式な結婚は、長男が生まれ1896年にハーンが日本に帰化し、小泉八雲となってからではありますが、まず二人は共に暮らし共に生きることを優先したのでしょう。この後、まもなく二人は松江を離れ、熊本へと向かいます。
おわりに
セツの武士の娘としての生き方やたしなみは、日本文化に憧れたハーンにとって日本そのものだったのでしょう。セツとの暮らしは遠い異国で暮らすハーンから不安を消し去り、幸せな気持ちで満たしたのだろうと思われます。また、セツもハーンの利口さや優しさに惹かれ、二人は文化や習慣の違いを、隔たりではなく「オモシロイ」と捉えたのかもしれません。それは「へるんさん言葉」で言葉の壁を越え理解しあった、理解しようとしあった二人の愛の形といえます。
史実を元に描かれる「ばけばけ」。これまでもコミカルに脚色された内容が好評です。これからもヘブンとトキの二人の歩みを楽しみに見ていきたいと思います。

